【訂正版】東日本大震災から15年 あの日の記憶と神戸の教訓[神戸市北区]神戸市会議員 堂下豊史
【訂正・お詫び】記事内の写真が誤って荒浜小学校のものになっていました。正しい大川小学校の写真に修正しました。大変申し訳ございませんでした。
こんにちは。神戸市会議員の堂下豊史です。
東日本大震災から15年を迎えて
3月11日、東日本大震災から15年を迎えました。震災で亡くなられたすべての方々に、心から哀悼の意を表します。また、今もなお深い悲しみの中におられるご遺族の皆さま、被災されたすべての皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
この記事でお伝えしたいのは、東日本大震災の記憶と教訓を風化させず、神戸の経験とも重ねながら、命を守る備えを着実に進めていく必要があるということです。追悼の思いを新たにすると同時に、防災・減災の取り組みを現実の政策と地域の備えにつなげていくことが、私たちに求められていると考えています。
あの日、私は初めての市会議員選挙を控え、地域を回っていました。テレビで東北地方を襲った巨大地震と津波の被害を知り、大きな衝撃を受けたことを覚えています。翌日からは選挙活動も取りやめ、連日テレビで伝えられる被災地の状況を見守る日々でした。津波がまちをのみ込む衝撃的な映像は、今もなお脳裏に焼き付いています。
震災の記憶を風化させてはならない背景
東日本大震災は、地震そのものの被害に加え、大規模な津波、原子力災害、広域避難、長期にわたる地域の再建といった複合的な課題を私たちに突きつけました。南三陸町の防災庁舎や、石巻市の大川小学校で起きた出来事は、震災の大きな教訓として今も語り継がれています。

多くの尊い命が失われた事実を思うと、胸が締め付けられる思いがします。神戸もまた、阪神・淡路大震災を経験した街です。地域の皆さまの執念ともいえる努力によって、まちは復興してきました。だからこそ神戸には、震災の経験を自らの記憶として受け止め、次の世代へ伝えていく責任があります。

現場の課題と議会人として問い続けるべきこと
災害への備えは、訓練や啓発だけで完結するものではありません。避難所の環境整備、要援護者への支援体制、情報伝達のあり方、地域ごとの避難行動の確認、医療・福祉との連携など、平時から積み上げておかなければならない課題が数多くあります。災害が起きたときに対応するのでは遅く、平時の備えこそが被害を左右します。
私は議会活動を通じて、防災・減災の取り組みが現場の実情に即したものになっているか、地域ごとの課題が十分に把握されているか、制度や計画が実際に機能する形で運用されているかを常に意識してきました。震災の教訓を語るのであれば、それを具体的な施策や体制整備にまで落とし込めているのかを問い続ける必要があります。
神戸の経験を次の備えにつなげるために
今後も、震災の記憶と教訓を風化させることなく、命を守る備えを続けていくことが必要です。そのためには、追悼の気持ちを共有するだけでなく、地域の防災力をどう高めるか、災害時に支援が必要な方々をどう守るか、避難や情報共有の仕組みをどう実効性あるものにするかを、一つひとつ具体的に進めていかなければなりません。
私はこれからも、防災・減災の取り組みを着実に進め、誰もが安心して暮らせる地域づくりに取り組んでまいります。東日本大震災から15年という節目にあたり、改めて追悼の意を表するとともに、神戸の経験を未来の備えへとつなげていく決意を新たにしています。
神戸市会議員 堂下豊史
神戸市北区選出の神戸市会議員。
地域交通、防災、福祉、教育環境など、市民生活に直結する課題に取り組んでいます。
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